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About

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ミュージックビデオを中心とした

クリエイティブでシネマチックな映像を創るビデオグラファー。

I'm a creative & cinematic videographer that put music video in the front.

 

音楽とファインダーと仲間。

​ 

15歳からバンドでギターを弾いて音楽活動を始める。

19歳の時に一人暮らしを始める。

飯の食い方を忘れ体が弱ってくる、スケボーでオーリーをキメて着地で足の甲を骨折。謎だ。

ヘルパンギーナという幼児がかかる病気になり、栄養失調で入院する。

兄がくれたクラムチャウダーは今でも覚えてる。最高の気分だった。

あと、兄の息子が放った言葉もだ。「おじちゃんお金ないんでしょー?」。最悪の気分だった。

21歳、実家がなくなる。理由は想像に任せる。けど地元に戻った。

22歳、東日本大震災が起きる。心に変化があった。東京に出た。

-やりたいことをやって生きよう。-

結局、地元に戻ったりで28歳まで音楽を続けてきた。

結局何も見つからなかった。何よりもこのときは、楽しくなかった。

ゆっくりと音楽を嫌いになっていた自分に気づき始めていった。

29歳になり今でも忘れない。梅雨の土砂降りの日。配信会社に入った。これがまた、楽しかったのだ。

完全な自己満足のためカメラを買った。

彼女を撮った。とても綺麗だった。自然な顔をしている時がシャッターを切る瞬間だった。

-気付いたことがあった。-

ギターを弾いていた頃、自分が自分ではなかったのだ。人に対しキャラでしかなかった。そんなことを思い出した。

自然な笑顔を撮る度、自分の心が浄化していくような気分だった。

27HATANANAというバンドを撮った。

バンドマンを撮ろうと思った。本気の表情をSDカードに残した。

スタジオ、リハーサル、ライブ、もちろん編集も。撮りまくっては編集。

クリエイターとして右も左もわからないまま、楽しすぎて毎日仕事をした。

そう、365日だ。朝から夜中まで何でもやった。意味など要らない。

ある時、プツンと何かが切れてすべてのやる気を喪失した。仕事のし過ぎだった。

会社を2ヵ月休んだ。だけどその時の上司と親友は温かかくて色々話を聞いてくれた。

そこから色々考えたわけだ。人間には限界がある。一日は24時間しかない。

毎日は皆平等だ。いつもそうだ。体を壊して学んでる。

-それならもっと濃い時間を過ごさなきゃ-

そこから毎年、ざっくりでもいいから目標を立てて一年を生きるようにした。

「意味を持って続けることの大切さ」を初めて身をもって体感した。

 

気が付いたら35歳のおじさんです。

感謝を忘れずにこれからも。

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